日 本 の 歴 史
時代名称 期 間 年 数 時 代 の 概 要
縄文時代 約16,500年前
〜BC10世紀
約13,500年間 地質年代では更新世末期から完新世にかけて日本列島で発展した時代であり、世界史では中石器時代ないし新石器時代に相当する時代である。旧石器時代と縄文時代の違いは、土器の出現や竪穴住居の普及、貝塚の形式などがあげられる。
当時の人々は狩りをしたり、漁をしたりして食料を手に入れました。網目の模様のついた縄文土器を使い、竪穴(たてあな)住居と呼ばれる住居に住みました。
弥生時代 BC10世紀中
〜AD3世紀中
約1200年間 北海道・沖縄を除く日本列島における時代区分の一つであり、縄文時代に後続し、古墳時代に先行する、およそ紀元前10世紀中頃から3世紀中頃までにあたる時代の名称である。この時代は稲作が本格的に行われるようになり、飾りの少ない弥生式土器が使われました。
また、青銅器や鉄器などが大陸から伝えられました。
古墳時代 AD3世紀中
〜7世紀末
約400年間 世紀から6世紀には身分の差が大きくなり、古墳と呼ばれる王や豪族の墓が作られるようになりました。特に大きな前方後円墳は現在の奈良県や大阪府に多く分布し、ここに地方の王の上に立つ大王(おおきみ)が存在したことを示しています。中でも3世紀中葉過ぎから6世紀末まで前方後円墳が北は東北地方から南は九州地方の南部まで造り続けられた時代であり、前方後円墳の世紀ともいわれる。
【補足】「魏志倭人伝」によると、伝説の邪馬台国の女王「卑弥呼」は西暦248年頃に没したと記されている。
飛鳥時代 AD6世紀末
〜8世紀初頭
約120年間 飛鳥時代(あすかじだい)は、古墳時代の終末期と重なるが、6世紀の終わり頃から8世紀初頭にかけて飛鳥に宮・都が置かれていた時代を指す日本の歴史の時代区分の一つ。
以前は、古墳時代と合わせて大和時代とされていた時期があったが、今日では古墳時代と飛鳥時代に分けて捉えるのが一般的である。時代背景としては、6世紀になると、豪族の蘇我氏(そがし)の力が強大になってきます。この蘇我氏と手を結んで政権を握ったのが聖徳太子です。
太子は女帝の推古天皇を助け、天皇を頂点とする国家の仕組みを整えようとしたのです。この頃は仏教を中心とした文化が栄えました。推古朝に飛鳥文化、天武・持統朝に白鳳文化が華開いた時代でもある。
この時代に倭国(倭)から日本へ国号を変えたとされている。
奈良時代 AD710年
〜794年
84年間 710年に、都が飛鳥地方から奈良の平城京(へいじょうきょう)に移されます。平城京は唐の都長安(ちょうあん)にならってつくられ、東西4.3Km、南北4.7Kmの規模をほこり、中央には巾70mの朱雀大路(すざくおおじ)が走っています。都から地方へは官道が整備され、国司(こくし)が派遣されました。
平安時代 AD794年
〜1185年
398年間 794年に桓武天皇が平安京(京都)に都(首都)を移してから、鎌倉幕府の成立までの約390年間を指す日本の歴史の時代区分の一つ。京都におかれた平安京が、鎌倉幕府が成立するまで政治上の唯一の中心だったことから平安時代と称する。
貴族の藤原氏が天皇に代わって政治の実権を握り、生活や文化の日本化が進みました。10世紀には社会不安が広がり、浄土信仰(じょうどしんこう)が貴族の心を捉えるようになります。
鎌倉時代 AD1185年
〜1333年
147年間 武士階級が天皇・貴族階級と分離し新たな支配体制を求めて幕府を開き、封建政治を始めた時代である。
封建政治は、この後江戸幕府崩壊(1868年・慶応4年)まで続く。始期については、従来源頼朝が将軍(征夷大将軍)に任じられた1192年とするのが一般的であるが、最近は、対立する弟・源義経追討の名目で惣追捕使(後の守護)・地頭の設置権を獲得した1185年説が有力である。
13世紀になると、実権は頼朝の妻政子の実家である北条氏(ほうじょうし)に移ります。この幕府も元冦(げんこう)後には衰えをみせはじめ、1333年に、足利尊氏(あしかがたかうじ)や新田義貞(にったよしさだ)らによって滅ぼされてしまい、実質的な終焉を迎えます。
南北朝時代 AD1334年
〜1392年
58年間 鎌倉幕府が滅亡してから3年後の1336年、足利尊氏が後醍醐天皇の南朝(大和国吉野行宮)に対して北朝(山城国平安京)を擁立し足利幕府を開いた。二つの朝廷が対立する「南北朝時代」は1392年まで続き、北朝に統一された。
室町時代 AD1392年
〜1467年
75年間 3代将軍足利義満が京都室町に花の御所を造営し歴代将軍が住んだ事から、足利将軍の事を室町殿(むろまちどの)と呼び、後に幕府を室町幕府、時代を室町時代と呼ぶようになった。室町時代は、3代将軍足利義満の時代に全盛を極め、この時代に、茶の湯や生け花など、今日の日本文化の基礎が築かれました。
【補足】室町時代は、広義には「室町幕府が存在した時代」と解釈し、足利尊氏が建武式目を制定し北朝(足利幕府)を開いた1336年から、織田信長が15代将軍足利義昭を追放した1573年までをいう場合もある。
戦国時代 AD1467年
〜1568年
101年間 1467年の応仁の乱以降、一揆や戦乱が約100年も続きます。身分が下の者が上の者を倒す、下剋上(げこくじょう)の風潮が広がっていきました。
応仁の乱を始期とし、1573年に15代室町将軍足利義昭が織田信長によって追放されて室町幕府が事実上消滅するまでの時代を指す日本の歴史の時代区分の一つである。室町時代の一部、あるいは信長上洛以後を織豊時代(安土桃山時代)と区分する事もある。
幕府権力は著しく低下し、全国各地に戦国大名と呼ばれる勢力が出現し、ほぼ恒常的に相互間の戦闘を繰り返すとともに、領国内の土地や人を一円支配(一元的な支配)する傾向を強めていった。こうした戦国大名による強固な領国支配体制を大名領国制という。
安土桃山時代 AD1568年
〜1603年
35年間 1568年に織田信長が15代将軍足利義昭を奉じて京都に上洛、その後、1573年に足利義昭が織田信長によって京都から追放される。以後、織田信長と豊臣秀吉が天下人として日本の統治権を握っていた(織田政権・豊臣政権)時代を指す、日本の歴史の時代区分の一つ。
織豊時代(しょくほうじだい)や安土大坂時代(あづちおおさかじだい)とも言う。また、安土桃山時代の元号の大部分が天正だったので、天正時代(てんしょうじだい)と呼ぶこともある。
江戸時代 AD1603年
〜1867年
264年間 秀吉の死後、1600年の関ヶ原の戦いに勝った徳川家康は、1603年3月24日に征夷大将軍に任ぜられ江戸(現在の東京)に江戸幕府を開きます。
幕府は統一政権として、全国の4分の1の土地を押さえ、巧みに大名の統制を行いました。こうして、江戸幕府は慶応3年10月14日(1867年11月15日)に大政奉還するまでの260年あまりも命脈(めいみゃく)を保つのです。
明治時代 AD1868年
〜1912年
44年間 江戸の鎖国体制も、1853年のペリーの来航で破られます。ペリーの来航で江戸幕府は開国を余儀なくされ、1868年には新しい政府が成立します。
新しく成立した明治政府は国家の近代化を進め、大日本帝国憲法など諸制度を整備し、中央集権の体制を築き、欧米に追いつき追い越すことを目標に国家主導型の近代化を急速に進めました。
そして、日清戦争(日本と中国の戦争)に勝ち、日露戦争(日本とロシアの戦争)に勝利した後は大国の仲間入りを果たすまでになるのです。
大正時代 AD1912年
〜1926年
14年間 1914年に第一次世界大戦が起こると、日本からは軍需品(ぐんじゅひん)の輸出が急増します。この好景気に成金がうまれます。その一方では物価の上昇を招いたために、米騒動が起きています。民主主義から国家統制へ急転換したのが、この大正時代でした。
昭和時代 AD1926年
〜1989年
63年間 昭和は不景気からはじまりました。1929年(昭和4年)には世界恐慌(せかいきょうこう)が起き、その影響は深刻でした。
このような状況を打破するべく、日本は軍国主義の道を突き進み、朝鮮・中国に出兵し、日本の傀儡政権である満州国を立ち上げ統治した。それが欧米諸国との対立を招き、太平洋戦争へと突入しました。そして、敗戦後、日本は経済中心の奇跡的な復興を果たします。
平成時代 AD1989年
〜現在
22年目 1989年1月8日から現在に至るまでの期間を指す。平成13年には21世紀へ世紀の転換もあった。1991年にソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)が解体され、イデオロギーの退潮に伴って、世界各地で民族・宗教紛争が顕在化、テロリズムの脅威が叫ばれている。一方で旧東側諸国が西側経済に統合され、世界経済の一体化が起こった。
アメリカという超大国を軸に、欧州連合 (EU) 、中国、ロシア、日本などの中大国がそれに協力したり、地域的な覇権を争って対立もしながらも、ゆるやかな世界統合がなされている。
海外ではアジア諸国、中国・インド・タイ・マレーシアなどに急速な経済発展が見られ、それに伴って日本との経済関係も、これまで以上に緊密になった。
このうち、北京オリンピックを控え、「四つの近代化」を進めてきた中国は急速に経済的・軍事的存在感を強め、ガス田開発、領土問題などで日本との摩擦が表面化している。
2009年、アメリカでは初めての黒人大統領が誕生したが、リーマンショック等に代表される放漫経営による金融機関やGM(ゼネラル・モータース)の崩壊による金融危機がアメリカを直撃し、100年に一度という未曽有の金融危機が世界中に波及している。また、日本でも、2009年8月30日の衆議院総選挙にて自由民主党が敗れ、長きに渡り政権を維持してきた「自由民主党」から「民主党」へと政権の移譲が行なわれた。
そして、2011年3月11日14時46分18秒にマグニチュード9.0の「東日本大震災」が発生し、地震・津波による大規模な被害を、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の各県を中心に与えた。その上に、福島の原子力発電所の電源喪失に端を発した放射能被害を伴う大事故により大規模な避難民が発生し、日本人の生き方や考え方に大きな変革をもたらした。