大分・台風の合間を温泉巡り
2012年6月19日 〜 22日
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◆6月19日 羽田空港 ⇒ 大分空港 ⇒ 大分市
                      「ホテル法華クラブ大分」

やよい天狗神輿(みこし)
 羽田発が10時30分のANA便だが、台風4号が近づいており、欠航の心配をしながら羽田に向かった。
 しかし、日頃の行いが良いせいか、飛行機は無事に飛び立ち予定通り12時05分には大分空港に到着した。
 空港では小雨が降っていたが、とりあえずレンタカーで別府市に向かった。レンタカー屋のお姉さんに「台風の中、大変ですね。」と同情されてしまった。

 しかし、途中から小雨も上がり、昼食は、別府警察署の隣にある「きりん亭」で冷麺を食べた。盛岡冷麺とは異なり、キャベツのキムチがトッピングされたあっさり目のスープで、麺は太めでモチモチとして美味かったです。

 その後、トキハ別府店の駐車場に車を停めて、別府市内を肉まんを食べながら散策。毎年春の別府八湯温泉まつりで注目を集める「やよい天狗神輿」を見物した。

 それから、トキハに戻り焼酎を購入して駐車料金をタダにし、大分に向かい「ホテル法華クラブ大分」にチェックインした。途中のコンビニで仕入れた缶ビールで一息いれてから風呂に入った。カランは少ないが湯船は広く大分の街並みを眼下に眺めてゆったり出来た。

 夜は予約しておいた河豚料理の店「ぶるーむ」に向かい「ふぐちりコース」とヒレ酒を堪能した。2ケ月振りに食べたフグの肝は、まったりして美味しかった。
 しかし、心配だったのは、19時から21時の間、我々二人以外に客が全くいなかったことである。台風の影響で客足が遠のいたのかも・・・




◆6月20日 大分市 ⇒ 佐賀関 ⇒ 原尻の滝 ⇒ 史跡「岡城跡」 ⇒ 長湯温泉
                       「長湯温泉 丸長旅館」

 心配していたが、天気は快晴。TVの天気予報では、今日は台風5号の影響はないという。安心して、チェックアウト時間まで、のんびりしてから佐賀関に向け出発。11時に、佐賀関にある「関の瀬」で「関サバ寿し」と「関サバ・関アジ御膳」を、二人でシェアしながら昼食をとった。
関サバ寿し(\3,500.-)
関サバ・関アジ御膳(\2,900.-)
 昼食後に、今年2月に来た時には、水量が少なく見応えが今一とのことで諦めた「原尻の滝」に向かった。ここは、今回の旅の目的の一つである。
 今回のレンターカーは、いつもの1300ccと違い1000ccなので、パワーが出ず、山道の登りはエンジンが喘いで運転が大変であった。天気が良く、気温が上がり車から出ると暑い。汗をふきふき「原尻の滝」を観光した。台風4号の影響で降った雨で水量は十分で、見応えのある滝の写真が撮れた。ここは、観光客が想像していた以上にいた。

 その後、竹田湧水群が近くにあるというので、行ってみることにした。
 そして、地図を頼りに矢原湧水、河宇田湧水、泉水湧水、長小野湧水の4ケ所を巡ってみた。最後の長小野湧水に行く時は、道路から急坂を下って、水量が多いために川に水没しそうな石橋を渡って行くのですが、対向車が来たらすれ違いが出来ないスリルがありました。

湧水マップ

矢原湧水 河宇田湧水
泉水湧水 長小野湧水
長小野湧水 長小野湧水に向かう石の橋
 その後、竹田市に向かったが、竹田市に近づく途中の道路で「荒城の月」のメロディーがタイヤと路面の接触音で奏でられる珍しい経験をした。そして、竹田市街の細い道路をくねくねと走り、難攻不落の日本3険城のひとつであった史跡「岡城(豊後竹田城)跡」の駐車場に着いた。ほとんど観光客の姿は見えず、ひと組の中年カップルに出会っただけでした。
難攻不落の山城と言われた岡城(豊後竹田城)の絵図(一部分)
二の丸跡 瀧廉太郎の銅像 三の丸 高石垣
三の丸側から見下ろす高石垣 家老(中川覚左衛門)屋敷跡
家老(中川覚左衛門)屋敷跡 後ろの石垣は大手門跡
 時間がなくなってきたので、竹田市内の観光は諦めて、長湯温泉に向かうことにした。途中にコンビニが全くなく、やむを得ず長湯温泉にはいったところで酒屋を見つけて缶ビールを仕入れた。しかし、少し進んだところにコンビニを発見し悔んだ。酒屋のビールは割高なのだ。
 「丸長旅館」をやっと見つけてチェックインした。今では珍しい波打ちガラスに「丸長旅館」の文字が浮かぶ玄関の佇まいや、畳を敷き詰めた廊下、そして、六室だけの落ち着いた雰囲気の創業100年の歴史ある旅館であった。
 部屋でビールで乾杯してから、温泉街をブラブラして「ラムネ温泉館」や「ガニ湯」を見物して歩いた。宿にもどり家族風呂で二人でのんびり過ごしてから夕食である。夕食は、写真の様に、もてなしの心を感じられるもので満足でした。
 難を言えば、風呂がもう少し広いと申し分ないのだがと感じた。

芹川河原の「ガニ湯」 芹川が溢れて足元が濡れる「ガニ湯」
夕食の献立(お品書き)
引上げ湯葉と10種類の前菜 豆乳の茶椀蒸し
エノハと鯛のあしらい ガンモドキと豚角煮とほうれん草の炊き合せ
エノハの唐揚 鶏ミンチのじゃが芋饅頭
焼きお握りのお茶漬けと香の物 抹茶アイス
【エノハとは】  宮崎県北部から大分県、熊本県、福岡県の一部で、ヤマメとアマゴのことを「エノハ」と呼ぶ。
 エノハはサケ科に属し、ヤマメは「渓流の女王」と呼ばれる。体の側面に上下に長い青色の「木の葉・小判状」の斑紋模様があるのが特徴で、この斑紋は成長と共に薄くなっていき、水が奇麗な渓流域に生息する。
 そして、アマゴは、ヤマメと異なり、体の側線の上下から背部にかけて朱色の斑点が散在する。ともに生育域や食味などの差はなく、非常に用心深く、俊敏な動きをする。
 サケ科の魚なので、本来は海へ下って大きくなり、体長40cmを超え銀化して斑点は消える。そして、ヤマメはサクラマス、アマゴはサツキマスと呼ばれる。しかし現在は、降海するのは北海道を除いて殆どいない。これはダム等により陸封されていて海へ下ることが出来ないためである。




◆6月21日 長湯温泉 ⇒ 九重夢大吊橋 ⇒ 天ケ瀬温泉
                       「天ケ瀬温泉 瀬音・湯音の宿 浮羽」

 前の晩から台風5号の影響で雨が降り続いている。朝からの雨で憂鬱で、今日の観光予定が心配である。
 寝起きに家族風呂に入り、その後、朝食は、ざる豆腐も味噌汁も大粒の梅干しも大変美味しく満足した。
 チェックアウト後、予定を変更して、前日に下見しておいた「ラムネ温泉館」に向かい入湯することにした。今回の旅の目的の一つに「ラムネ温泉」に入るというのがあるのだが、長湯温泉のすべての旅館がラムネ温泉かと思い込んでいたのだが間違っていた。ラムネ温泉は「ラムネ温泉館」だけなのである。
 同じ泉質でも温度が高いと炭酸ガスが抜けてしまうらしい、したがって、ラムネ温泉は32℃と温度が人間の体温よりも低いのである。
 雨の中、頭上に臨時にテントを張った露天のラムネ温泉に入ったが、入るとヒンヤリする。暫くすると、全身に炭酸ガスの気泡がまとわりついて血行が良くなるのか身体がポカポカしてきて暖かい感じになってくる。しかし、30分も入っていると暖かい温泉が恋しくなってくる。冬場にはとても無理であろう。
 ラムネ温泉を出て、雨が降りしきる中を、観光を諦めて玖珠郡九重町にある「農業レストラン べべんこ」に向かい昼食をとることにした。この地方では、子牛のことを「べべんこ」と言うらしい。
 自家生産の豊後牛を使った「焼き肉丼」と「コロッケ定食」を二人でシェアして食べたのだが、焼いた牛肉の脂が甘くてやたら美味しい、コロッケは、カレー風味とスタンダード味の二つ盛ってあるのだが、以外にスタンダードなコロッケの方が美味かった。

豊後牛「焼き肉丼」(\1,400.-) 豊後牛「コロッケ定食」(\950.-)
 昼食後に、今回の目的の一つである「九重夢大吊橋」に向かった。
 駐車場に着いてみると、駐車している車が2〜3台と観光バスが1台だけであった。そして、濃霧(雲だと思う)で大吊橋の橋桁のてっぺんしか見えない。もしかしたらと予想はしていたが、実に残念で悔しい。
 観光バスの団体客は、大吊橋の反対側で降ろされ、バスはこちら側で待機していたようで、皆、黄色やオレンジ色の合羽を着てびしょ濡れになりながら大吊橋を渡ってきていた。何も見えなかっただろうに御苦労さまである。我々は、観光は諦めて、お土産店に入りお土産を物色した。


蛇足【九重と久住の勘違い】
 まず最初に、九重(くじゅう)という呼び方の町はありませんので、勘違いしないでください。そして、大分県玖珠郡九重町大字田野にある「九重夢大吊橋」は「ここのえ'ゆめ'おおつりはし」と読むのが正解です。
 久住(くじゅう)は、大分県にあった町の名前で、九重(ここのえ)とは別の町です。現在は、竹田市、荻町、久住町、直入町が合併したので、竹田市の町のひとつになりました。


 その後、15時チェックインに合わせて、本降りの雨の中を天ケ瀬温泉に向かった。「瀬音・湯音の宿 浮羽」には、15時少し過ぎに到着したが、フロントで「明日は、雨が上がると良いですね。」と慰められてしまった。ここの風呂は、21時で男女が入れ替わるので要注意である。
 玖珠川の河原に野趣豊かな混浴河原露天風呂があるというので、雨の降る中を偵察に向かった。「駅前温泉」「益次郎湯」「薬師湯」「「神田湯」「鶴舞の湯」と5ケ所あるらしいが、雨が激しいので「駅前温泉」と「益次郎湯」の偵察は省略した。どの露天風呂も料金箱に100円を入れて入るのだが、本降りの雨の中、着替える場所も濡れてしまうので誰も入らないだろうと思った。
 宿に戻ると、夕食前に早速風呂場に向かった。客が少ないのか男風呂はガラガラで誰もいなかった。貸切状態の中、内湯、露天風呂、五右衛門風呂を楽しんだ。
食事処個室での夕食、やはり「エノハ」だ。 食事処入口の綺麗な「つくばい(蹲踞)」
【天ケ瀬(あまがせ)温泉の由来】
 九州大分にある天ケ瀬温泉は、1300年前の開湯といわれ、奈良時代の『豊後国風土記』には、天武天皇の時代の大地震で温泉が湧出したと記載されている由緒ある温泉です。九州でも別府、湯布院と並ぶ豊後三大温泉の一つに数えられます。
 天瀬町の温泉街を流れる玖珠川には、天瀬の深い山奥で湧き出た岩清水が伏流水となり流れ込んでいます。我々が泊まった宿は、この岩清水を直接引いて利用していて、雨が降っていなければ、ホタルが観賞できる季節だったということでした。
 それから「天瀬」と「天ケ瀬」の違いですが、昔、町名を決める時に「天瀬」としたそうで、温泉街の名称として使う場合が「天ケ瀬」だそうです。




◆6月22日 天瀬温泉 ⇒ 高塚愛宕地蔵尊 ⇒ 日田市豆田町 ⇒ 奥耶馬渓 ⇒ 耶馬渓 ⇒ 大分空港

 朝5時半に起床、窓を開けると空が明るい。今日は晴れるぞ!と気合を入れて、昨夜21時で男女が入れ替わった風呂に向かう。今朝も誰もいない一人のんびり朝風呂だ。そして、7時半に朝食だ。天気が回復したので、早めに9時にチェックアウトし、宿で勧められた「高塚愛宕地蔵尊」に向かう。山の中を走り20分ほどで着いた。なかなか立派な地蔵尊で、奈良時代に、行基が開山したという由緒ある神仏混淆形式の地蔵尊である。
 朝早いのに、地元の高齢の方々が、順番にお賽銭をあげてはお参りしており、結構賑わっていた。そして、柔道オリンピック選手の田村亮子(やわらちゃん)が、金メダルをとった時に奉納したというお地蔵さまがあったので写真撮影しておいた。

 それから、日田市豆田町に向かった。無料の駐車場があるとのことで、探し回ったがなかなか見つからない。やっと「草野本家」の近くに観光客専用の無料駐車場を見つけて車を停めることができた。

 「歴史の小道」で写真を撮り、「天領日田資料館」、「薫長酒造」を見学したところで12時を回ったので「日田まぶし千屋」に入った。

 日田まぶしを注文したが、その昔、三河のひつまぶしにヒントを得て工夫して作り上げたものらしい。ひつまぶしにはない薬味の柚子胡椒が味をより一層引き立て実に美味しかったです。

 「日田町歩きマップ」という小冊子のガイドブックに載っていた街並みの写真の撮影ポイントを「日田まぶし千屋」の方に確認しておいたので、駐車場に戻る途中の「草野本家」前の撮影ポイントで写真をとった。しかし、プロの撮影とは、若干アングルが違っていた。

歴史の小道 日田まぶし(\2,500.-)
草野本家前ニテ 草野本家前ニテ
 満腹したところで、いよいよ最後の目的地である耶馬渓に向かうことにした。

 最初は、深耶馬渓にある「一目八景」とかいう奇岩を観に向かった。仙人ケ岩、鳶巣山、群猿山などの奇岩が一度にたくさん観られるから「一目八景」といわれているらしいが、本当は、紅葉の季節が素晴らしいと思う。

仙人ケ岩 群猿山 鳶巣山
 そして、次に耶馬渓の「青の洞門」に向かった。耶馬渓の山国川に面してそそり立つ競秀峰の裾にある洞門(隧道、トンネル)で、全長は約342mあるらしいが、到着してみると「青の洞門」が、どこにあるのか看板や説明書きが無い。不親切であり良く分からない。禅海和尚が石工たちを雇って「ノミと槌だけで30年かけて掘り抜いた」といわれている手掘りの洞門が一部残されており、「競秀峰」の一部らしき岩山の上に、今にも落ちてきそうな大きな岩が乗っていたりしているが、全体のイメージが不明である。
現在の「青の洞門」の入口らしい
「競秀峰」の一部らしき岩山
禅海和尚の像



 最後に、毎度のことだけれど、レンタカー屋さんへの不満がある。なんでフライトの1時間30分前までにレンタカーを返さなければならないのであろうか?
 飛行機の座席も決まっているので、そんなに余裕をみなくても良いのではと思う。疑問?である。
 そして、18時55分発のANA便にて羽田に向かった。羽田着が20時25分であった。羽田空港で、遅い夕食をとってから帰宅した。